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人間ドッグ

今日は半日人間ドッグ。

初めて受けたのが8年前だが、その時エックス線で台の上をごろごろ転がされたのが心底腹立たしく、(こんな非人間的な扱いを受けるくらいなら病気になった方がマシだ!!)と翌年からシカトを決め込んでいた。

それがここ数年は健康(と言うよりは肝臓の)不安に耐えられず、病院を変えて受診。今年に到っては(どうせ良い事言われないに決まってる)と逃げ出していた経過説明を頭を垂れながら受ける。

地元の市民病院よりははるかに快適とは言え、やはりドッグは不思議なことばかりだ。
人様の両の目に空気銃や目潰しを食らわせて文句言われない仕事を私は他に知らない。
その他にもベトベトする奇妙なものをカラダに塗られたり、腕に針を刺したまま1分間も放置されたり、もうめちゃくちゃである。

そりゃあ、東洋医学のほうが人に優しいと思う。
ツボは痛いが、適切に押さえれば実に気持ちいい。百草丸だって慣れるとあの苦さが意外に良くなったりする。その点、何年呑み続けてもバリウムが美味に感じることは無いだろう。

体の悪いところを調べるのに、体に悪いことばかり集中して行うってのは矛盾ではないだろうか?

とまあ、今日も文句ばかり垂れていたのだが、最後の最後にこんな落としどころがあったとは!
経過説明にどんな強面のごつい医者が待ち構えているかと思ったら、腰の曲がったおじいちゃんがニコニコ笑いながら「はい、どうぞ」

「肝臓の数値が毎年高いけど、本当に2合かい?・・ああ、そうかい。・・毎日?違う?・・ああ、そうかい」

うるせえよ。

「まあ、酒以外にも胆石なんかの原因が考えられるんだが、他の数値見る限り、それは無いな。あとは・・いやあ若々しい骨をしてる。胃の形も実にきれいだ。癌の心配はなし、と。悪玉コレステロールも全く無い。」

「健康だね!」

すっかりおだてられ、ニマニマしながら病院を出たのは言うまでもない。
さあ、明日から稽古の追い込み、行きまっせ~!!

累々、つくづくと累々

中曽根内閣までは自民党ファンだった身としては寂しい限りである。

選挙結果ではなく、その後に及んでの醜態に、である。

9月中旬に予定される首相指名選挙で自民党は麻生さんに投票することになるらしい。そんな阿呆な。
総理大臣を選ぶことは国会議員の最大の仕事であるはず。議員内閣制なのだから。それなのにどうして退くことが決まっている人に、投票しなければならないのか?政党としてこれは自殺行為と思われる。
拙速だというなら、反対意見を封じ込みたった数時間で片付けた先般の議員総会はなんだったのか?ここは多少の無理があっても新しい総裁を国会前に選び、堂々とその名前を書くべきではないのか?

もう一つ。小選挙区で敗退し、比例で復活した中川秀直氏が総裁選に色気を見せているそうな。
選挙民の信任を得られず、党への票で辛うじて生き残った身で、どの面下げてと言いたい。

まあそもそも、こんなことが判らない人たちが牛耳っていられるくらい人材が枯渇してるからこその惨敗な訳だろうが、それにしても彼らの言動からはとても選挙結果が身に染みているとは思いがたい。

今上に立っている人たちではとても自民党の再生は覚束ないだろうが、さりとてこれからを担う人材の発掘も教育も彼らがするんだろうから絶望的である。

復活への道は多難であろう。

女たちよ

大原麗子が亡くなった。
「少し愛して 長~く愛して」のあの声にキュンキュンしてしまった世代としては大ショックである。

と思っていたら、酒井法子になんと逮捕状が・・
一体どうなるのかと、数分おきにネットのニュースをチェックせずにはいられない。(私はかつて彼女のコンサートに3年通ったし、ツアーのビデオも3本持っている)
仕事どころではないのだ。

各方面の皆様、しばらく作業が滞ると思いますがご了承下さい。

秋の金沢

どうやら金沢行きが決まりそう。
5年ぶりのドラマ工房である。前回は「ハムレットマシーン」の総勢15、6人での旅だったが、今回はソロ。
あの大空間にたった一人の徒手空拳かと思うと、身震いもするが冷や汗も間断なく流れる。

2007年に七ツ寺でやった「月読ノ宮」を上演する予定。
詳細決まり次第、お知らせしますので、励ましに来て下さいませ。

酒と肴のうまさは言うも更なり、ですよ。

アナザー・ワールド

子供のころ、名古屋駅のデパートに連れて行かれるのがとても楽しみだった。
都会に新しいビルディングが次々に建っていくのを見て、人類の進歩をとてもリアルに信じることができた。
日本はまだ、オリンピックと万博の余韻の中にあった。
世界も月面着陸の熱が冷めやらなかった。

今、同じような光景を見ると逆に鬱屈となる。
高層ビルたちは人間たちをほっぽって、自己増殖を貪っているようにしか見えない。
少年時代、確かに自分と一体になってつながっていた世界と、目の前の光景には何の連続面も感じることはできない。

まるで別の惑星にいつの間にか連れ去られたような気がする。

かつて色んなカルチャーが人類の進化とぴったり寄り添って花を咲かせた。
例えばマイケル・ジャクソンはその花々の絶頂期に立っていたと思う。
だから自分自身がさほど影響をこうむっていたとは思えなくとも、この星にはマイケル・ジャクソンがいるということが世界のリアリティを支えていたという気がするのだ。

愛知万博にはとうとう行かなかった。誰がどう叡智を振り絞っても「月の石」以上の夢を見せてくれるとは思えなかった。
東京オリンピックにも反対する。かつては敗戦国を立ち直らせ、希望を与えた世紀のイベントも、今では単なる経済でしかない。

田中角栄も手塚治虫もとうにいない。マイケルも清志郎もいなくなってしまった。

カニングハム!!

正直、ピナ・バウシュの死がまだぴんと来ぬままに過ごしている。
来日公演のたびにやれ新宿だ埼玉だびわ湖だと、あれほど追っかけていたというのに、なぜだか言葉らしい言葉が出てこない。

そのくせ、どういうことなのか本当に判然としないのだけどカニングハムの死には体が震えるほどの衝撃を受けている。

舞踊団の公演を観たのは、もうすっかり何年前だか判らなくなっている。
場所は新宿文化センターで、3本立てで、断片ではあるが映像も鮮明によみがえる。それとジョン・ケージや小杉武久の音楽がとても印象的。

録画したマーサ・グラハムの作品も面白かったのだが、血と歴史のたっぷり詰まったその肉体よりは、カニングハム舞踊団の「体と動き」以外を蒸留してしまったかのような透明な身体の方が好きだった。
しかしその時既にフォーサイスの圧倒的な速さで、かつ限界まで歪んだ身体のメカニズムとアンサンブルを見せつけられていたので、「古典」というカテゴリに入れながらの感銘であったのは拭えない。

カニングハムから受けた影響は、何よりコラボレーションに臨む態度である。「ハムレットマシーン」のCDライナーノーツなどに時々書いていることだけど、コンセプトのみを共有して舞踊と音楽が全く別々に創られ、リハーサルで初めて合体するという方法は、新田さんと何度も挑戦してるし、今も理想とするところ。
ケージとカニングハムの成果品としての舞台が面白かったことが、何より僕らを勇気づけてくれたことには本当に感謝してもし切れない。

そしてそれ以上に、ほんの数分だけ舞台に顕われた、御年80歳のカニングハム自身のカラダ!
ダンスとか、動きとか、そんな名前で示すのが本当にバカらしくなるその衝撃!!
完璧に振付けられた何十人ものダンサーを尻目に、ひょうと出てきてヒラヒラと両の手を動かすのみ。動きと言うよりしぐさでしかないようなその運動が、誰よりも満場の眼を釘付けにしてしまうのだから、ダンサーたちはやるせなくならないだろうか、などと余計な心配までしてしまうほど。

土方在りし日のその衰弱体はこのような境地であっただろうかと、間に合わなかった人間にも想像の愉悦を与えてくれたかのような(勿論妄想なんだけどね)、しぐさの至福!!

なのでこの人だけは絶対に冥福など祈らない。
必ずこの世に呼び戻して、もう一度踊って、いやもとい、しぐさって頂かずにはおかないのである。

陽だまりの樹

自民党が連日、醜態をさらけ出し、いろんな人がいろんな媒体で「もはや自民党は終わった」とコメントしている。

私もそう思う。
極めつけだったのが、昨日の朝のNHK。与野党の幹事長が発言するのを聞いて、すでに政権交代は起きていると感じた。

だって何しろ、民主党幹事長は自党の政策をとうとうと語るのに対し、自民党は民主の批判ばかり。
特に番組最終盤、H幹事長は「政権与党に対して最後の持ち時間が2分しかないなんて、おかしいじゃないか」とアナウンサーに噛み付くからほうほうと思ったら、結局そのうち1分半は民主への攻撃で大笑い。これでは丸っきり一昔前の社会党と同じである。

野党としての国会質問や街頭演説の練習を着々としているのだな。つまりは。

細川政権から15年余。いや、私は竹下内閣から自民党の崩壊が始まっていたと考えているから、かれこれ20年、あまりにも長い時間をかけてではあるが、この国にもようやく変化が訪れたようだ。

真の読書は活字を超える

「ねじまき鳥クロニクル」全3巻、読了。

満腹、感服である。
読了といっても、それは活字に取りあえず目を通せたというだけのことで、本当の意味でこの作品を読み通せた訳では決してない。

あまりにも多くの謎がこの長編小説には散りばめられているからだ。
たとえば、
クミコの中にある「何か」とは何か?
僕が暗闇の部屋で遭遇した「誰か」とは誰か?
間宮中尉や獣医師と僕は輪廻のような相関を結んでいるが、それは一体どういう因果なのか?
ナツメグが行い、僕が一時引き継いだ、「仮縫い」とは実際には何だったのか?
などなどなどなど・・・

全く、真に偉大な小説というのは活字を超える。
それを読むというのはほとんど世界を読み解く行為に等しい。
じっくりと時間をかけて、これらの謎を味わい、読もうと思う。

そして、「ねじまき~」の謎は「海辺のカフカ」の謎と対として考えないわけにはいかない。
「ねじまき~」を書き上げた村上春樹が「カフカ」で初めて主人公を少年に設定せざるを得なかった必然があると思える。
「ねじまき~」の30才の僕に輪廻のように降りかかった数々の出来事は「業」であり、実はその発芽ははるか少年時代に始まっている。
村上氏はそう考え、その部分にメスを入れないでは居られなくなったのではないか?そう思えてならないのである。

ともあれ、あとは時間をかけて味わうとしよう。

春から続いた村上春樹の読破はひとまず完了。当面は「神々の子らはみな踊る」や「東京奇譚集」などの短編に留めることにする。
気になる長編はまだまだあるのだが、そろそろ秋公演のためのテキストをみっちり読み始めないといけないので。

次に落ち着くころには「1Q84」の文庫版も出ていることだろう。

「海辺のカフカ」読了。

村上春樹の読破は、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険(上)(下)」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド(上)(下)」「ノルウェーの森(上)(下)」「ダンスダンスダンス(上)(下)」「国境の南、太陽の西」「ねじまき鳥クロニクル(1)」ときて、カフカ。

読み始めたのが4月でこのハイペースは結構自慢してよいのではないだろうか。
読み始めの頃に、「村上春樹は私にとって納豆のようなもの」などと、村上ファン、水戸市民の双方からお怒りを買いそうな発言をしてしまった。
今でも相変わらずうまく言葉に表すことができないのだが、どうやら一つの確信が降りてきたようだ。

「海辺のカフカ」はこの作家のある到達点である。それもおそろしく高く、幅広く、果てしなく奥の深い。

こんなことは沢山の人が思ったり書いたりしてる訳だし、今さらにも程があろうが、しかし敢えてどうしても言っておかずにはいられない。
ここには村上氏の目指したリアリズムの完成形がある。圧倒的に。
だが、そのリアリズムとは、「日常的」という意味とは全く次元が異なる世界である。
うまく言葉にできないので結論だけを乱暴に書きつけるが、一言で言えばそれは不条理をも抱え込んだリアリズムなのだ。

氏特有の不条理は第2作の「1973年のピンボール」に早くも現れる。広くて寒い倉庫に一面に打ち捨てられたマシンとの対話がそれだ。
そして以降も「羊をめぐる冒険」の社会を裏から操る羊の存在、「世界の終わり~」で都市の地下に際限なく拡がる闇の世界、キキを殺したんだか殺してないんだかよく判らない「ダンス~」での五反田君の告白、といった具合に書き連ねられる。
しかしこの満ち満ちる一群のこれらの不条理さは魅惑的ではありながら、唐突で、やや浮き上がっていて、作り物の印象を拭えない。

それが「海辺のカフカ」では、日常的な描写とうまく折り合い、連続面を形つくるのに成功しているように思える。
主人公が深く分け入っていく森。これが死後の世界へ繋がることは誰もが読み取れる。しかしそれがとても自然な事のように感じられる。そして彼はそこに留まりたい誘惑に捉われながらも現実の世界に帰還する。これは正に現代版のイザナギの物語だ。
「世界の終わり~」で描かれた森があくまで虚構の世界におけるメタファーであったのに対し、カフカにおけるそれは現実と超現実が同じ地平で重なり合っている。そしてこれは日本人が太古から持ち続けてきた世界観を今の形として描き出しえた奇跡のような瞬間であったと思えるのだ。

そしてまたこのような膨大で不可解な水脈をもった作品がベストセラーになっていることもまた、もう一つの奇跡だと思えてならない。

ジャコウネズミのパパ シークレットライブ‘09 のお知らせ

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ジャコウです。

3月の円頓寺以来、体をなまらせてきましたが、ご縁があり来る7月の週末に名古屋市内の某所で踊ることとなりました。

久々のシークレットライブです。

時間と場所は秘密、ご来場の方だけにこっそりとお教えします。
覗きたい人はどうぞご連絡下さい。お待ちしています。

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ジャコウネズミのパパ シークレットライブ‘09

〇日にち:09年7月11日(土)・12日(日) 
〇会 場:内緒
〇覗き見代:1,000円

ご希望の方は info@soushinkikan.org まで、お気軽に御連絡を! 

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